りとりっと!

めもめっも

講座に行くなどしてきた


割と書こうと思って頑張ればそれなりのものは捻出できる


絵も描こうと思って頑張ればそれなりのものは捻出できる


もしかしたら音楽もできるのかもしれない。

一時作詞してたこともあるけどまぁそこそこ


結構案外自分が思ってるよりやればできるタイプなのか?



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高校の時私は美術部で絵を描くのが好きだった。

アニメ絵やデザインよりは

デッサンや風景画、抽象画を描くのが好きだった。

顧問の先生のことは好きだったけど

特に技術的なことを教えてくれることはなく、描きたいものを描きなよ、××日のコンクールに出しなよと勧めてくるタイプの先生であった

描き終わった絵にここはこうしたほうがいいとアドバイスくれてたけど、「絵が完成された今更言われても…」という感じに先生の助言を受けることがなかった

油絵は絵の具が上に上に重なるから、一部を直そうとしたときにかなり広範囲に渡って描き直さなければいけなかったり、

最初描いた勢いなどが消えてしまうものなのだ。

そういう意味で描き終えた後で何か言われても取り入れようが無かった。


色んな有名な画家の資料を沼底のような膨大で薄暗い資料室から持ってきて色んな作品を紹介してくれ絵画に関する世界が広がった。


色んなコンクールに連れて行ってくれて他校との交流もあった。高校だけじゃなくて大学教授とも。


沢山の機会を与えたくれた顧問だった(*´-`)うんうん


でも技法を一切教わってないまま芸術に特化している大学のコンクールに出品しボロクソに言われるたび自分の芸術への自信を無くしてしまい「美術は好きだけど自分では描かなくていいかな…」なんて思うようになってしまった。

それからは幾度のコンクールを乗り切るように風景画ばっかり描いてた。

ある程度インパクトのある場所でいい角度の場所を選んで、雲や山を描いてその中にガス管や電柱、建物や道路などをぶちこむ。

自然物と人工物をミックスさせて淡く水彩で色付ければ銀賞は取れてた

風景画、好きだったしなんとなく技法も身につけてたけど本当に描きたかったのは抽象画なんだよなぁ。

風景画は風景を描くから。その際に風景をどのように受け取ったかというフィルターとある程度の技巧は重視されるだろうが、実際そこにあるものを描くだけだから、もし絵が下手くそだと言われたら技術が足りてないか選んだ風景がダメかの2択なのだ。

私は悪くないのだ。

それに対し抽象画は自分の心に渦巻いている物事や反社会精神などを何かの物体に例えたり色や形を使って気持ちを表したりする

自分の感情がダイレクトに表れるものなので

否定されたら自分の考えや感情を否定されたことになるのだ

実際何回か言われたことある

「これ何?」「意味わからないw」

「よくわからないから批評を省略するね」 とか、ね。

だから嫌いなんだよ。


そういう「自分を否定されたくない」という意味で風景ばっかり描いてたように思う



 

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そんなこんなで自分の中から何かを生み出す行為を苦手に感じていたんだけど、最近は自分の中にエネルギーが生まれるのを感じてどうにかしてこの気持ちを形に残したりして記録に残さなければならないという義務感に駆られていて、一時折れかけてしなしなになってしまった気持ちがもう一度立ち上がろうとしている(


そんなこんなでとあるライター講座に参加してきた。


その講座ではいい例・ダメな例を交えながらスーパーわかりわすく文の基本構造や分かりやすい書き方の技法を教えてくれた


4時間の講義を受け、ノート4ページに渡るギッシリメモを手に入れた!!ほんとに、ありがとうございます

めっちゃ勉強になります

それで講義の後半では自分で記事を書いてみようの実践コーナーがあり、実際その場に来て頂いたNPOの代表の方々に取材をして自分で記事を書くなどした。

講義の前半で学んだ技法や文法を活かしながらいかに分かりやすく簡潔で、限られた文字数のなか独創的な文を書くか。しかも時間もねえ。

色んな制約のなかなんとか文章を捻出し、30分で200字のタイトル付きのインタビュー記事を完成させた。


批評会。自分が書いた文章を他の人に見せるのだ。

それで各自に3枚ずつ与えられたシールをいいなと思った作品にはる。

参加者側は青のシール、企画者側は赤のシールだった。


実際アマチュア・プロのライターの方々も多く来ていたから、他の人の作品を見るとどう考えても圧倒的敗北感を感じるようなものもあったw

けど、自分の書いたもの、しかも、

30分適度で仕上げた初心者の文章にしては、まだまだ改善する点はあるものの、今日学んだ技法を使いながらある程度の文章は書けたのではないかと思えた。

そして、他の人の作品を見て帰ってくると自分の原稿用紙に複数のシールが付いていて、嬉しい気持ちになった。



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この空間は、優しい気持ちで私を受け入れてくれたように感じた。


ま、今までボロクソに言われ続けた私のメンタルはある程度強靭であるのだが、やはり自分の中からどうにかして捻り出したものに誰かのいいねの気持ちがつくと嬉しい。




うぐぐ、それにしても、自分の至らなさは感じるからどうしてももっと技法を向上させたい


芸術は小手先ではない!けど小手先の技術が自分への自信に繋がるし自分をうまく表現するための武器になり盾になるのだ

今までの経験からそう考えるので、どうしてもテクニックに固執しがち

大元の目標を見失わないようにしながら疾走していきたいところ。


あと、全力で生きついた先には、同じく全力でそこに行きついたやつや

全力でぶっ放してたら流れるようにそこに行き着いた人たち


そういう人たちが集まる場所っていうのがあって

家や学校の限られたコミュニティのなか燻ってるだけじゃ勿体無さすぎると思った一日だった。




…この文章、結構感情のまま記しているし見直しも推敲もしてないのだけど、少しはライター講座の結果出ているかな?w

今までの記事より少しでも分かりやすい記事になってたらいいなぁ

技術もそうだけど、圧倒的経験数が足りないから今こうして文を書いているのさ!






大学三年って良くも悪くも大学一二年の集大成というか、サークルにしろバイトにしろゼミにしろ課外活動にしろぶち上がってるやつはもう手の届かない場所までいってるし一二年の頃に行動を起こしたかどうかの差がぐんと出る時期だなって確信しました 速攻出ないタイプの成果がじわじわ出始めるのが夏か